商今から30年以上前の1985年。弊社の創業者の日原行隆が、友人であり、宮澤賢治(※)の母方家の当主である宮澤啓佑氏に案内されて、開館間もない宮沢賢治記念館を見学していたときに“雨ニモマケズ”の手帳の文章の前で足が止まりました。その文章の全文を読んだとき、日原は感動のあまり突然涙があふれ出て、まるで金縛りのような状態になり、その状態のなかで、「今後、自分が行動する時は、必ず“雨ニモマケズ”を考えの中心に置いて行動しよう」と誓いを立てました。この強烈な出逢いが、弊社が宮澤賢治の考えを軸に経営を行っているルーツです。

その想いを胸に西暦2000年、日原はヤブツバキの自生地である伊豆大島で現在の産品生産につながる事業を創業。自身の”雨ニモマケズ”との出逢いの感動を社員とも共有し、企業活動の軸であることを忘れないためにも、朝礼では社訓代わりの「こころざし」として”雨ニモマケズ”の全文を、従業員全員で詠んで仕事を始めるようにしました。

しばらく事業を進めるうちに、宮澤賢治が1928年に伊豆大島に来島したこと、その際に彼の友人であった伊藤七雄氏に大島農芸学校を作るためのアドバイスをしたというエピソードを知るに至って、伊豆大島に創業した弊社と宮澤賢治との縁を、より強く感じるようになりました。そこで、宮澤賢治の「農業と芸術は両輪」という考えにアレンジを加え、「農業、芸術、経営」の三つを一体とする弊社の思想が確立しました。

 宮澤賢治の詩「雨ニモマケズ」全文

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラツテイル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニイテ

東ニ病気ノ子供アレバ

行ツテ看病シテヤリ

西ニ疲レタ母アレバ

行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニソウナ人アレバ

行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイウモノニ

ワタシハナリタイ

また、“雨ニモマケズ”以外にも“われらに要るものは 銀河を包む透明な意思 巨きな力と熱である”という賢治の四次元の世界観、天地創造を詠んだ詩も、日原が宮沢賢治記念館で感動した歌。こちらも「こころざし」の仲間です。

 宮澤賢治の詩「銀河を包む」全文

われらに要るものは

銀河を包む透明な意思

巨きな力と熱である

西アジアでイスラム国(IS)と名乗る組織が台頭したころからEU諸国が難民対応に追われる姿を見て、“世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない”という詩も、5年ほど前に「こころざし」の仲間入りをしました。

 宮澤賢治「農民芸術概論綱要」より

世界がぜんたい

幸福にならないうちは

個人の幸福は

あり得ない

時代を超えた宮澤賢治の洞察力は途方もないものですね!

※宮澤賢治氏への尊敬と親愛の想いを込めて敬称を略して記させていただきます。